T編集長の感想文

T編集長

一九五六年生まれ。静岡県出身。一橋大学社会学部卒。「テレビについて広い視野で考えて、その考えを実行する仕事」を考えている。著書に「電波少年最終回」(日本テレビ)がある。

T編集長便り

人はツブヤキだけで生きていけるか?

始まって今日で5日目。
「大変なことを始めてしまった」と、1日に20回ぐらい後悔する。
しかし思い出せば〈アポなし〉も〈ヒッチハイク〉もそうだった。
「引き返せるものなら引き返したい!」と最初の頃に何度も思ったのだ。
しかし…
「森英恵さんがスタッフジャンパー作ってくれますって!」というロケPの弾んだ声や
ベトナムとラオスの国境で有吉が「このハンコのために3日…」の言葉がカメラに記録された時に
『この道を来なければここには絶対に来れなかった』
この思いがこの逡巡を吹き飛ばしてくれたのだった。

twitterと言うインターネットのツールを使ってコンテンツを作る。
この道はどこにつながるのか?
ハッキリとしているのは〈何が面白いのか?〉という嗅覚を鋭敏に働かすことが出来るかが勝負なのであり、そのために〈勇気を持ち続けること〉が出来るかだ。

新しいコンテンツの形が出来るかもしれないという緊張感の中にいる。

そしてトルコの極寒地帯を走る寛平さんが僕たちに勇気を送り続けてくれる
「挑み続けよ!」と。

コメント [5] - 日時:2010年1月29日 02:16:21

年末年始に思い出すこと

1990年代の後半に
年またぎ番組「行け年!来い年!」というタイトルで何度やりましたかねえ、
4回?5回?
最初にやった年は、ウッチャンナンチャンが司会で風鈴みたいな小さな鐘を作って、ウッチャンが「ただいまより永平寺の鐘の音をお届けしますチ〜ン」なんてやって、ナンチャンはママチャリで実家に帰るのスタートを愛媛で切ったんじゃなかったか?アッコはNHK前で「ネコなんだもん!」をロケ車の上で熱唱して、松村君は幕張で「殴るんならオレを殴れ!」イベントを福澤アナ司会でやったら、年越しのカウントダウンと共に大群衆が柵を乗り越えて来て大混乱になって…

確かそれが初めて年越し番組をやらせてもらった時じゃなかったか?
僕の担当の前の時間はダウンタウンが野球拳をやっていたな。
その熱気さめやらぬ同じスタジオで
スポットにワンショットで浮かび上がったウッチャンが静かに語り始めるというオープニングでした.

ポケビ&ユーミンが国際フォーラムで歌ったのは「ミレニアム」という曲だから2000年になった年。このときはチューヤン&真中が80日間世界一周のゴールでフジテレビのスタジオに突入しようとしたり、「108つプー」を高田純次さんにやってもらったりしていたんだ.日本テレビが建つ前の汐留の特設会場。

アッコが「紅白もらった!」と合唱のひな壇で巻物出したのが何年だったか?
このときは他に何やっていたかなあ?
この年とドロンズ大晦日ゴールは別の年だから…

そして21世紀のカウントダウン会場はさいたまスーパーアリーナ。
なぜか時計が狂っていたんだなあ…
15少女がいたり、麺ロードのゴールがあったり、なぜか「108つシェー」をやって故赤塚さんにVTRコメントをもらったりしたのでした.

大晦日、元日。
何年も色んなことをやったもんだと感慨に耽る年の暮れかな、と。

30日に〈寛平アースマラソン〉の特番が夕方ありますが
僕は公式サイトの演出はやっていますが、番組の演出はやっていませんので
当日はスタジオに見に行くだけです.
でもこれは是非お楽しみに!
30日夕方5時!
放送されない地域もありますので、地元の放送局にご確認を。

コメント [5] - 日時:2009年12月30日 05:02:51

新しい事

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この欄は「第2日本テレビ」のかなりいい位置に置いてあるのに、あまりに更新が少ないのはユーザーに失礼ではないか?と、とても親しい人からお叱りを受け、「全くおっしゃる通りです」と久しぶりに書き始めました.

新しい事がたくさん起こっていますね.
写真は今夜の銀座の「アバクロ」を撮ったものです。
ついに日本進出だそうです.夜8時だというのにまだ長い行列がありました。
その斜め前に「H&M」があるんですが〈今日だけ全品50%オフ!〉という張り紙がありました.
この少し先に「ユニクロ」があるんですが、ここはいつも通りでした.

「ファストファッション」競争は世界的になっているんですね.
アバクロは確かアメリカ、H&Mはスウェーデン、ZARAはスペイン、人件費の安い世界のどこかで生産して世界中で消費する。そしてその商品の回転をあげる。
多分10年前には想像しなかったファッション業界になっているはずです.

このインターネットも新しい事が続々と出て来ています.
最近注目されているのはtwitterですね。
じつはこっそり始めていたのですが…今日ある人にtwitter上で偶然に見つかってしまい
その人が広めたために1日でフォロワーが900人を越えてしまいました.
ネット口コミ、というかtwitterの爆発力を強く感じたのでした.

〈新しもの好き〉なんですかねえ。
インターネットにしてもちょっと前のセカンドライフとかtwitterとか「とりあえずやってみよう!」というのはあります。
大体「電波少年」のCGスタジオ形式も新しいと言えば新しかった技術でしたから.
でも見渡してみるとあまり新しい事に挑戦しようと言う風潮は少なくなっている気がします.
特に会社単位ですと、新しい事に挑戦すると言うのはリスクが伴って
それをする事に〈責任〉が発生して、だから中々そうはならずに既存のビジネスモデルから次のものへ移行すると言うのは難しいですよね.
特に一度うまくいった事のある会社はその成功体験をどうしてもなぞってしまうものです.

だから新しいビジネスモデルは、〈失うもののない〉ベンチャーから出てくるものなのでしょうね。
さてオールドメディアと言われているテレビはどうなるんでしょうか?

コメント [6] - 日時:2009年12月16日 12:53:21

電波少年的懸賞生活2009完結編

久々にロケをした。
その模様はこちらで見ていただくとして…

今回の電波少年的懸賞生活2009のテーマは〈一発屋芸人に二発目はあるのか?〉であった。
〈一発屋芸人〉このラインアップにこれほどたくさんいる時代を僕は知らない。
というより、今のお笑い芸人の発生の仕方が〈一発屋芸人〉なのであろうと思うのだ。
〈一発屋芸人〉というテーマで、昔だったら卒論ぐらいが書ける様々な事例が思い浮かんでくる。
端的に言えば
”現在のお笑い芸人消費力が異常なほど強い”
ということである。
次から次へと「新しいお笑い芸人」を求めている。
これに対して次から次へと「新しいお笑い芸人」を供給できている。

つまり需要と供給が非常に高いところでバランスが取れている
『お笑い大量消費社会』が現代実現されていると言って良いのである。
これは消費者が求めたから、供給されるようになったのか?
それとも生産者側の供給が過多になる事により、消費者の需要が喚起されたのか?
これは…どちらとも言えないのではないか、というのが僕の考え方である。
お笑い芸人になることに夢を見る事が出来る時代になり、それを受け入れるお笑い芸人養成所が吉本NSCだけではなくたくさん出来て、毎年毎年その卒業生が”お笑い芸人の卵”として世に出されているという事も事実である。
また『エンタの神様』をはじめ、毎週毎週”新しいお笑い芸人”が登場する番組が、現在のテレビプログラムの中にたくさんある、というのも事実である。
そして…実はこれが時代の変化なのだが、新しいお笑いを求める世代が”中高生”から“幼稚園児”に移ったというのも事実なのである。
これを表す世の中の言い方として、昔は「学校の昼休みの話題」だったのが今は「幼稚園で真似して困るのよねえ」と変わって来ていることがその証明である。
中高生も飽きっぽいが、それよりも幼稚園児の方がはるかに飽きっぽい事は明らかな事だ。

以上のようないくつかの要素によって『お笑い大量消費社会』が形作られているのが現代なのである。
さてまた“お笑いなのに小難しい”ことが始まってしまったが長くなりそうなので今日はこの辺で…

次回は『電波少年と”一発屋芸人”の関係、有吉はなぜ復活したか?』です。
写真は「電波少年的懸賞生活2009完結編」のゴールド小島で、ダークナイトに出てくる悪役ではありません。
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コメント [2] - 日時:2009年11月9日 11:57:03

電波少年的懸賞生活2009その2

さてこれはドレスデンというドイツの美しい町の美しくないホテルで書いている。
(昔原稿はFAXで送ったものだが、その必要がないと言うのは本当に驚くべき事だろう)
まあこれは別に連載原稿ではないから元々その必要がないのだが…

“アースマラソン”で撮った動画を編集して、それをサーバーに送るのが結構時間がかかる。
その作業を見守りながらこの文章を書き始めたという事だ。
さて前回の「電波少年的懸賞生活」にコメントを2通いただいた。
そこに“もう一度電波少年を!”と書いてある。
果たしてどうなのだろう?

経験的に言えば「帰って来た○○」というテレビ番組が成功した例は僕の記憶にはない。
すぐにやる続編はともかく(それは多分ちょっとした短いインターバルだから)
例えば「帰って来たゲバゲバ90分」とか色々…
多分それはヒットテレビ番組がその瞬間と言う時代性を強く帯びているからなのではないかと思うのだ。
あの時代のあの瞬間の中だからこそ…そういうものではなかろうかと思ったりするのだ。
しかし…

「バットマン」から「ダークナイト」という時間が空いた続編の傑作ができたように、2009年版電波少年は出来ないだろうか?

と考えるだけは楽しい作業なので時々頭の中でやってみてみようと思ったりする。
ただ“考える”と”やる”の間には1万倍の開きがあるというのも実感としてあるのだった。

もう一度!という声は確かに嬉しいんですけれどね。

写真は本当にこの時期のドイツには珍しい快晴の朝日の中を走る寛平さんです。

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コメント [2] - 日時:2009年10月21日 12:37:42

電波少年的懸賞生活2009

三日間のうち15時間ぐらいは行ったんじゃないかなあ…
松村、出川、矢部、伽代子、髭男爵、黒沢、おかん、川本、ドロンズ、有吉…(誰か忘れていたらごめんよ)(と書いたらやっぱり忘れていてpiyoさんから書き込みをいただいた。”ロッコツマニアの宿造めさんとカラテカの入江さんとTKOの木下さん羽田恵理香さんと杉やんさん忘れてますよ~☆”
5人も忘れていると忘れられている方もショックは小さいというものだろうか?そんな事はないな…ごめんなさい!)(と書いたら、さらに”つぶやき”も忘れていると言う更なるご指摘!6人忘れるようじゃ…しかし随分たくさんキャスティングしたものだなあ…)

思い出話は楽しいと言えば楽しんだが…さすがにこれだけいると…
そして日曜日は「ボニョはこうして作られた 宮崎駿の思考過程」の12時間半試写会。
これは全部は見れなかったけれど面白かったなあ。
帰ってから改めてちゃんと見ようと思う。
言っては何だが”真剣にものを作ろうとする人”にはこれほど参考になるすごいVTRというのはないんじゃなかろうか?
そして翌日アースマラソンでドイツへ…

ということでこれはベルリン手前100キロの湖畔のホテルにさっき着いたところで書いています。
もう夜なので何も見えませんが明日写真を撮って載せたいと思います。

さすがに無理なスケジュールがたたったようで、首が回りません(借金で、というのではなく本当に文字通り…)
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コメント [2] - 日時:2009年10月13日 05:40:00

ローマの休日

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編集長の感想文というより〈鎌倉便り〉みたいな事になっていますが…
週末はほとんど鎌倉から出る事がなく、夕方散歩に出てこんな写真を撮ったりしている訳です。
テレビの放送を見る事もなく、何をしているかと言えば過去の名作映画のデジタルマスタリングしたものを見ていたりするのです。
一番最近見たのは『ローマの休日』。ベスパでローマを走っているシーンを知っているから見たつもりになっていたりするんだが…見てなくてやっぱり名作はちゃんと名作で面白いのでした。
こういうものを過去にさかのぼってちゃんと見れる時代って言うのは良い時代だなあと思うのと同時に、コレから新しいコンテンツを作ろうとする立場からは厳しいなあとも思うのでした。

そう言えば新しいコンテンツ、松本人志の「しんぼる」に関してこちらに書きました。ネタバレはあまりしていないと思いますが、やはりコレから見る人は読まない方がいいと思います。見た人だけに読んでもらえれば嬉しい。

コメント [2] - 日時:2009年9月15日 04:40:46

T編集長便り